読書日記

しがない元・情報大学院生女子、現・企業研究者の日記

五月十八日 木曜日 晴れ ダウ90000「また点滅に戻るだけ」の感想

五月十八日 木曜日 晴れ
 ダウ90000の公演「また点滅に戻るだけ」のネタバレをしています。


 未来日記
 早く起きて大学に行く。初めて行くゼミなので緊張する。
 現実日記
 九時に起きて、大学に行く準備をした。会社の定例を聞きながら化粧をしなければ間に合わなかった。カメラがオフになってること、カメラが隠されていることを確認した上で実施した。
 夜はダウ90000の講演を観劇した。二月に知り合いがチケットを手配してくれた。平日の公演だったのであたったのだった。本多劇場に来るのは二回目だった。前は劇団新感線かなにかの演劇に乃木坂の清宮さんが出るので見に行ったのだった。E席だったので5メートル先に舞台があるような席で、演者の手が届きそうで、リアルだった。本多劇場は、劇場内に電波が入らないようになっている。それは意図してのことなのか、そうでないのかはわからないけれど、その環境がすきだ。電波が届かない場所、と言うだけで現実とは乖離した世界を感じてしまう。いい意味でも悪い意味でも、私はパソコン一つで働けるので、よりそう思うのかもしれない。
 舞台はゲームセンターでプリクラ機が二台、あった。開演のブザーが鳴り響くとプリクラ機の下に脚が見えた。楽しげにプリクラを撮るシーンから始まる。
 この舞台は、青春群像劇のようでもあり、コントでもありミステリーでもあった。いろんな要素がおもちゃ箱のように乱雑に入っているように見えるが、実はそうではない。ひとつひとつ取り出して綺麗に並べると、点と点が繋がって、一つの線になる。線が糸のように絡まったりしながら、最後は紐が解けて、観客に安心感を与えていて、上手いなぁと思った。

 物語は、芸能活動をやっていた女性が、プライベートの恋人とのキスプリクラ画像の流出によって、事務所を辞めさせられたことから始まる。大型連休の帰省で、ゲームセンターピエロに集まった九人?は、それを流出させた犯人を探し始める。そのプリクラを持っているのは、地元(所沢?)の知り合いでしか考えられない。誰が流出させたのだろう、もしこの中で流出させた人がいるとしてどんな目的で?観客は日常の中で潜む小さなミステリーを見ることとなる。その中に含まれる日常のあるあるネタと、私の高校時代もそうだったなーという気持ちとが、めちゃくちゃ面白くて笑ってしまった。
 猫より可愛いという校内で流行った謎の流行語、誰かと誰かが付き合って相関図がめちゃくちゃ、ケータイの裏側で小さな東京作りすぎ、Air dropの3番目以内にお前らいるだろう、携帯の充電器レンタルサービスで借りれるアレを使ってるやつに、碌なのはいない、プリクラでキスする奴はださい、自分製造機、手垢のついた男は嫌、小さな事務所の名前が絶妙にダサい、プリクラの小さいハサミのチェーン、太平洋ベルトからも外れてる、どうやったらその仕事できるの……。
 ストーリーの中に散りばめられる日常のあるあるネタがすごく面白かった。それを私と同世代の人々が話すので、よりリアルに感じた。プリクラのハサミって、チェーンがついていて、びゅいーんってなるよねー、みたいな、同級生と昔話をする感覚。大昔にある人のプリクラの流出の中に知り合いが写っていたこともあって、よりリアルに感じてしまった。
 きっと、もっと派手な舞台にすることだってできたはずだ。なのに、蓮見さんが選んだ舞台が地元のゲーセンで、プリクラの話だっていうことに驚く。結局、悪意なくプリクラを友人が事務所に送っていたことがわかり、プリクラは事務所の先輩のスキャンダルの揉み消しに使われたことに気づく。芸能活動をしていた彼女に対して、六年付き合っていた元彼がそんな姿を見た上で、厳しい言葉を告げながらも、もう一度やり直そうと告白する。
 劇中で何度もプリクラを撮るのだが、最後のプリクラにはその二人だけがいない。なぜならほかの皆でプリクラを撮っている間、二人で話していたから。不器用な告白が妙にリアルで、そこでも笑えるのが脚本のリアルさとすごさだと思う。残りの六人?が撮ったプリクラを元彼と芸能活動をしていた女の子が見て、「二人だけがいないことを知ってるのはこのメンバーだけ、そういう告白ができるといいね」(記憶が曖昧……もっといいセリフを言っていた気がします)
 最後のシーンの後、その女性がぱっと表情を変えて役から元に戻ったのが印象的だった。
 見た後は、感情が複雑だった。男女の恋愛の気味が悪い部分も描かれていたので少しゾッとしたり、伏線回収が綺麗だったり、リアルすぎて複雑な気分になった。あと、若干悔しい気持ちもあった。
 
 話が変わるが、Creapy nutsの曲に「サントラ」という曲がある。サントラは、冒頭にいろんな仕事を羅列する歌詞があるのだけど、この演劇は「いくつもの言の葉を紡ぎやっと一つ伝わる仕事」でもあるし、「言葉すら不要 目の動き一つ全て伝えてしまう仕事」はそうだし、「見たお前が勝手に重ねる仕事」「ヒトの感情以外は何一つ生み出さぬ仕事」でもあるな、などと思った。

 私の仕事はロジックの塊で、特許や論文にしかまだできてなくて、絶対に人の感情に影響を与える仕事ではない。たぶん、私が不慮の事故で亡くなったら、私が知ったことは無かったことになると思う。そして実際、学生時代に無かったことにされたこともある。この演劇を通して感じ考えたことは、自分が解明した事実をちゃんと世に出して、私がいなくなってもよいようにしたいな、ということだった。感情を揺らすことはできないかもしれないけれど、もしかしたら似た研究をしてる人の参考になるかもしれない。子供を残すような気持ちに近いのかもしれない。研究の詳細については日記に書けないけど、思いは残しておきたくて始めた日記だ。プリクラのハサミみたいに、何気ない記憶を残しておきたい、面白くはないかもしれないけれど。無関係の演劇からそんなことを考えたので書き記しておく。

 

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